ただでいちおう発表できるというのは、技術のおかげかしら。
段々なんだかどうでもよくね。このあきらめ。だいじ。
イザヤ書は聖書のなかではひびいた。弧のとぎすまされた声が、全体から浮いてるから。
どうもよみたいらしい。しかたない。また書こう。
やや神経質だった反省はいまさらおそい。教訓にもしない。
時間って時計ではかるもんじゃないんだな。
死、それは題にしたらいけない、厳粛の名である。
みじかいけど、読者は気心のしれた、変人だから、ええじゃないか。
ばかはおどる。あげあしはとられるわ、さげすまれるわ、さんざんにおどらされても、おどってる。
まさかもうろくしたんじゃないか。こりゃあたまげた。そろそろ寿命だとおもったのだ。
happy the end!!!
つづく哉